相手の立場に立って考える

こんにちは、ともやです。

今日は「相手の立場に立って考える」とはどういうことなのか

具体的に考えていきたいと思います。

僕自身、大の苦手です。周りが動いてくれる人たちばかりという恵まれた環境だったので、楽に生きてきました。が、大人になって超困りました

  • 「何を言われても気にしない自分」だと思っていたら「相手の気持ちは気にしない自分」でした。
  • 「相手のことを考えているつもり」が「相手の顔色を伺って合わせているだけ」でした。
  • 最終的な集大成としては「芯がない自分」。

なんだこれ…人生楽しくないぞ…。

そんな自分や、同じ気持ちを持つ人のために書いていきます。

部活

バスケットボール部に所属している場合、試合はチームプレーです。
仲間がどこにパスを出せば取りやすいのか、
どこに出せば敵に取られにくいのかを考えてパスを出さないといけません。
「僕はここにパスを出したい」と思ってもそこに誰もいなければパスは通りません。

逆に、自分がパスをもらいたい場合には、どこを走れば仲間はパスを出しやすいのか
考えないといけません。
「僕はここからのシュートが得意だからここに出して」と思っても
そこに敵がいれば出せません。


敵を振り切って、自分の得意な場所を確保しながら、仲間のタイミングに合わせることでパスが通ります。「僕はそこにパスしたい」「僕はここにパスして欲しい」だけだとただのミスになります。


「僕はそこにパスしたい。だけど仲間は違う場所にいるから、サインを出そう。でもそこよりも反対の場所の方がシュートしやすいなら、僕が半歩ずらして時間とスペースを作ろう。」

のように考えればうまくいく可能性が上がります。


同じように

「僕はここにパスして欲しい。今日の試合でシュートを決めて良いところを見せたいから。でも敵が張り付いてるからこのままパスを出されてもカットされてしまうなあ。
フェイントをかけてふりほどけないかな。フリーになればパスがもらえる。でももし僕が動いたら逆サイドはどうなるだろう。
同じように動けばかぶってしまうかな僕がきりこめば中に集中して一瞬外にスペースができるかもしれない。あいつがパスをもらったら
マークがまた外に開くからそこにもう一度入ればパスをもらってシュートできるかもしれない」

と考えると、これもうまくいく可能性があがります。


自分だってシュートを決めたい願望がありますが、わがまま勝手にプレーをしてもミスが増え、最終的には負けてしまい、もともと自分が望んでいた未来とは違う未来になってしまいます。


本当は、シュートを決めて、仲間とハイタッチをしてよっしゃー!と言いたかったのに、仲間に迷惑をかけて、無理なシュートやパスばかりをしてうまくいかず、負けてしまい、明日からの学校生活も気まずくなってしまいます。

勉強

だいたい、みんな勉強は嫌いですよね。楽しくない。
あの先生とかあの子に教えてもらうならいいけど、基本的に嫌い。

原因は、自分が「勉強したい」と思う前に与えられてしまうから


自分の意思とは関係なく、小学校中学校に行くのは決まってしまっています。
政府、大人、親が子どもたちのためにあらかじめ用意しています。よかれと思って。


子どもたちは「なぜいかないといけないのか」の疑問がありますが
大人はちゃんと答えていません。
「みんな行くんだよ。楽しいよ。大人になって苦労しないように」だとか。

子どもにとっちゃ
「そんなん知らねーよ。みんなは行けばいい。僕は行かない。
何が楽しいのか、楽しそうって思えたらいきたくなるけど、それもないんだもん。
大人になって苦労するかは大人にならないとわからないよ。どんなふうに苦労するの?」

大人だってみんなこう感じながら過ごしてきたのに
子どもに対して伝えることを面倒くさがります。
なんでもいいからとにかく早くいってくれ、仕事があるんだよ、と。

どっちが悪いわけでもなく、両方の気持ちはごもっとも。

なので視点を変えましょう。

仮に、算数の授業の代わりに「ゲームの授業」があった場合。
「今日はマリオです。1時間目が終わるまでに1面クリアしてください」
そういう授業だった場合、
コントローラーの操作方法、テレビへのつなぎ方、ソフトの入れ方、電源の入れ方、などの勉強からするはずです。
マリオをやりたいときにやるのではなく、やらされるのです。

でも、これだけ聞いてると、
「そんな授業ならいいのになあ」と思います。
ゲームですら、扱い方を覚えることは「勉強」です。
算数や国語と同じ、「勉強です」


大きな違いは
「自分で思うように操作ができるようになって、得点やクリアしていくという、具体的なゴールがあり、友達と一緒に楽しめる」という点です。


算数にもテストがあり、点数が指標になっています。順位も決まります。
しかし、できるようになった楽しみを感じる子は少ない。
また、同じ教室で授業をしていても、基本的には自分の机にノートと教科書を開いて一人でするもの。家の宿題も一人
友達と謎解きをするように議論してクリアしていくのが楽しい、という感覚にはなりにくい。
家での勉強会とかやることもありますが、だいたいはゲームしたりおしゃべりをしたりしてしまいますよね。


学校や先生が、勉強は面白くないもの、ゲームとは違うものと思い込んでいるから。


任天堂には面白さで勝てないし、ゲームみたいな遊びと、勉強は違うからと思い込んでいるからです。

算数を勉強したからできること、国語を勉強したからできること
学校に行かせてもらえたからできること
たくさんあります。

算数を勉強しなければ
お金のやり取りはできません。彼女にプレゼントを買いたくて、バイトがしたくても、計算ができずにレジ打ちやお釣はいくらかわからないとバイトさせてもらえません。欲しいものも買えません。
待ち合わせの時間に到着するには何時に出発して、どれくらいの速さでいく乗り物を使えばいいのかもわかりません。

国語を勉強しなければ
漢字や言葉の意味がわからないので本が読めません。
みんなが知っていることを自分だけ知りません。
楽しそうなゲームも説明書に書いていることがわからず、画面い書かれているマリオのメッセージもわかりません。メールやlineもできません。情報がない人は仕事をもらえません。
バイトもできません。欲しいものも買えません。好きな人への気持ちの伝え方もわかりません。

逆に、おかげさまで、大人になった今、できることがたくさんあります。

政府、学校、大人たちが考えてくれたことで、今自分はいろんな力を持っています。

なぜこんな勉強をしているんだろう→なぜこんなことをさせてもらえるんだろう
誰がさせてくれているんだろう、そんな風に、相手の気持ちを考えていくと、受け身ではなく、
自発的な行動につながっていきます。

まとめ

今回は大人になった人たちが経験してきた「部活」「学校の勉強」を軸にして
「相手の立場に立って考えること」を書かせて頂きました。

僕自身、「相手の立場に立って考えること」がものすごく苦手でした。
考えるにも頭は真っ白になり、しめつけられて頭痛が起こる。
今でも大の苦手です。
ですが、過去を振り返りながら、こうやって文章にしていると、
少しは考えられるようになりました。

僕自身のトレーニングとして書いているので、賛同して頂ける方、一緒にがんばっていきましょう。
メッセージなどを頂けると、僕自身、励みになります。

ありがとうございました(^^)

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